宗像大社の沖津宮(おきつみや)は、九州本土から約60キロメートル離れた玄界灘の孤島・沖ノ島(おきのしま)に鎮座しています。
宗像三女神の長女である田心姫神(たごりひめのかみ)を祀っており、その歴史は1600年以上前の古代にまで遡ります。
当時の日本は、朝鮮半島や中国大陸との間で活発な対外交流や外交を行っていました。その往来ルートの真ん中に位置する沖ノ島は、命がけで海を渡る人々にとって、航海の安全を祈る最も重要な「神の島」となりました。
4世紀後半から9世紀末にかけての約500年間、大規模な国家祭祀が島内で繰り返し行われました。神へ捧げられた鏡、勾玉、純金製の指輪、ペルシャからシルクロードを渡ってきたカットグラス(ガラス器)など、沖ノ島から出土した約8万点の奉献品はすべて国宝に指定されています。
国家祭祀が終わった後も、沖ノ島は「神宿る島」として畏れられ、地域の人々によって厳しい掟が連綿と守られてきました。
①一木一草一石たりとも持ち出さない
島にあるものは、木も草も石も、何一つとして島外に持ち出してはならないとされています。
②不言様(おいわずさま)
島で見たこと、聞いたことを一切口にしてはならないという掟です。
③一般人の立ち入り禁止
古くから女人禁制であり、かつては年に一度だけ男性の一般参拝が許されていましたが、世界遺産登録を機に、現在は神職以外の立ち入りが完全に禁止されています。

現在は、宗像大社の神職が交代で毎日たった一人で島に常駐し、外部から遮断された神聖な環境の中で、毎朝皇室の安泰と国家の平和を祈る神事を欠かさず行っています。沖ノ島に鎮座する「沖津宮」は、激しい荒波に阻まれて船を出すことが難しく、神職でさえ頻繁に島へ渡ることができませんでした。そのため、沖ノ島を奉斎する社家の神職がいつでも、天候に関わらず定時に神事を行えるようにと、自分の屋敷があった大島に遙拝所を設けたのが始まりです。
沖津宮遥拝所は大島港からレンタサイクルで20分くらいかかります。アクセスは悪いですが、天気に恵まれて夏の島を風を感じながら走るのはとても気持ちいいです。

昨年夏に江島神社、厳島神社、そして今年の夏は宗像大社でした。
「海の神」として大陸交渉の最前線を守った沖ノ島の信仰が、形を変えて日本全国の弁天様(水の神・芸能の神)の信仰へと繋がっていった歴史のロマンを感じることができました。