ここでは毎年、梅の時期になると飛梅伝説についてご紹介しています。今は梅の時期ではないのですが観光地化が進んだ太宰府天満宮の今を知りたいため帰りに立ち寄りました。
今回の主要目的地は宗像大社だったのですがほぼ外国人観光者は居なくて少し驚きました。
太宰府天満宮と宗像大社は、どちらも福岡を代表する大変格式高い神社ですが、外国人観光客の数には驚くほどの差があります。
この違いが生まれる理由は観光としての分かりやすさ(エンタメ性)が大きく関係しています。
鳥居をくぐる前から賑やかな参道が続き、梅ヶ枝餅の食べ歩きや、隈研吾がデザインしたスターバックス、日本のキャラクターショップや最新のスイーツ店などが並びます。「日本らしさ」と「現代のトレンド」が融合した一大エンタメ空間になっており、SNSで拡散されやすい要素が詰まっています。
一方、宗像大社は古代からの純粋な信仰の場であり、境内は非常に静かで厳かです。太宰府のような「観光地化された華やかな参道」はなく、あくまで神聖な祈りの場としての空気が守られています。これが日本人の歴史好きには堪らない魅力ですが、一般の外国人観光客にとっては「何をして楽しめばいいか分からない」と感じられやすい側面があります。
観光地化したとはいえ、太宰府天満宮の魅力は語り尽くせません。特に今年は124年ぶり大規模改修で再び豪華絢爛に太宰府天満宮本殿がもうすぐお披露目されます。まもなく工事の塀が撤去され、美しく生まれ変わった本来の御本殿の全貌を正面から拝めるようになる見込みです。現在は横からのみ拝むことができ、冒頭の写真は新しく生まれ変わった本殿と伝説の飛梅です。

少しだけおさらいしますね。平安時代、稀代の天才学者であり右大臣にまで登りつめた菅原道真公は、藤原氏の陰謀(昌泰の変)によって、突如として遠く太宰府の地へ左遷されることになります。住み慣れた京都の邸宅(紅梅殿)を去る際、幼い頃からとりわけ愛していた庭の梅の木に、道真公は涙ながらに次のような和歌を詠みかけました。「東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」
(春の東風が吹いたなら、その香りを太宰府まで届けておくれ、梅の花よ。主人がいなくなったからといって、春に咲くのを忘れておくれ出さぬよう)
主を失った悲しみに暮れる梅の木は、道真公を慕うあまり、なんと一晩のうちに京都から太宰府の地まで空を飛んで追いかけてきたと伝えられています。この一途な愛の物語が「飛梅伝説」です。
長年自分を大切に育て、話しかけ、愛でてくれた主人が、ある日突然いなくなってしまう。その悲しみと「どうしてももう一度会いたい」という一途な想いが、植物の命を動かし、一晩で千里の道を飛ばせた……。そんな、植物にも人間と同じように、あるいはそれ以上に深い情愛がある。というロマンチックな伝承です。
私たちLOOPのお花を愛でる方にとって、太宰府天満宮の「飛梅」は、ただの綺麗な梅の木ではなく、千年以上も前に生きた人と植物の相思相愛の絆が今も生き続けている奇跡の証のように感じられるのではないでしょうか。
毎年、境内のどの梅よりも真っ先に咲くという健気さも、まるで「今年も一番にあなたにお花をお見せしますね」と語りかけているかのようです。
ぜひ、来年の梅の時期には新しくなった本殿とこの飛梅を見に行っていただきたいです。
ミュートしたユーザーの投稿です。
投稿を表示京都には道真公が産湯をつかったと
される地、烏丸通りにあります。
北の天満宮には梅の木が大事に
囲われています。
濡れ衣きせられてどんなに悔しかった
ことかと胸が痛みます。