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ティム
2026/09/02 02:18

香椎宮(かしいぐう)

福岡県最終日です。今年行くと決めた10社のうち8社目は、福岡県福岡市東区に鎮座する香椎宮です。今から約1800年前、仲哀天皇と神功皇后は、九州南部で反乱を起こした豪族・熊襲(くまそ)を平定するため、筑紫の地に大本営(陣)を構えました。

しかし、熊襲の背後にある「海の向こうの国(新羅)を治めよ」という神のお告げがありました。このお告げに懐疑的だった仲哀天皇はこの地で何故か急逝(崩御)してしまいます。

最愛の夫を突然失った神功皇后の悲しみは計り知れないものでした。皇后は自らこの地に祠(ほこら)を建て、夫である仲哀天皇の御神霊を祀りました。これが現在の香椎宮の直接の起源です。

天皇の亡骸を棺に収め、近くの椎の木に立て掛けたところ、その椎の木から何とも言えない素晴らしい香りが周囲一面に立ち込めたと伝えられています。

古宮跡 椎の木

この伝承から香椎(香る椎の木)という地名が生まれました。その場所は現在も境内から少し離れた古宮跡(ふるみやあと)として大切に守られており、その木は「棺掛けの椎」と呼ばれています。

神功皇后は、身重の体でありながらも自ら男装して海を渡り、見事に三韓征伐を成し遂げて凱旋します。

神功皇后の崩御後、時が流れたある日、神功皇后の御神託を受けた聖武天皇の勅命により、朝廷が九州に命じて神功皇后を祀るための立派な社殿の造営が始まりました。

香椎宮中門

そして724年に香椎宮は竣工します。偉大なご先祖さまである天皇・皇后の霊が眠る、皇室直系の聖地として全国に17社しかない勅祭社(ちょくさいしゃ)として、現在もその極めて高い格式が守られ続けています。

運が開く地点

境内の一角からは楼門の中に鳥居が見える場所があります。門に⛩️で開という文字になります。

悲しみのなかで夫を祀った神功皇后の愛から始まった香椎宮は、時代を超えて令和の今も、「夫婦の宮」として人々の縁や絆を結び続けています。

ここは神功皇后の仲哀天皇への愛を感じる素晴らしいところです。もしこれから行く方がいらっしゃいましたら、この話を思い出してください。

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